東側浅場の魚影ランキング [釣り雑感]
魚影に関する質問があったので釣りをしている視点から、釣れる数に基づいた推定で書きます。最初におことわりしておきます。私の過去からの釣果データに基づいていますが独断と言われればそうかもしれません。そこをあえてシロギスバブル以降(平成11年以降)の東側浅場の魚影を独断(偏見はないつもり)でランキングしてみましょう。浅場盛期中に継続的に東側だけに通っているわけではないので、行ってない日は釣果情報を参考にして行った日は自身の釣果と感触があるのでそれを他船の釣果情報と照らして、経験的に魚影をある程度客観的に判断できているつもりということです。私の釣果は異次元的(異常かな?自分でも自覚しています。笑)ですが、その年に釣れるほぼ上限であろう釣果をだせないとランキングするのは難しいと思います。スケールの目盛りが足りないと計測に工夫が必要になり誤差もでやすいと思います。そんなこんなで皆さんが読まれたときに耳障りな表現があるかもしれませんが、その点はどうか曲解なきようにご理解いただきご容赦ください。
http://shirogisu-fune.blog.so-net.ne.jp/2010-08-11
ここに平成3~12年のお盆前後の時期に帰省した時の釣果がまとめてあります。昭和の終わり頃~当時の1束は当たり前ではなく大釣りであり、大体7月いっぱいまでチラホラ1束を超えますが毎日ではなくそして大幅に超えるのはなかなかないことで、船長も釣り人も1束ラインを目標にしていたのです。移動の時期でもあるため場所は色々と探りながらなので東側以外も含まれています。ただし1束釣るのががそれなりに難しい時代でも、大群がガッチリかたまっている場所に大当りすることも(全船とはいかず探している船は)ごく稀にあり1日限りとか3日間とか、ビンゴで2束アップという釣果がでたりしたこともありました。盤洲で70~80尾前後が相場の年に、1日だけ大当たりして朝からアンカー打ったままで170尾アップとか、場所は忘れましたが3束も一度聞いたことがありました。ただ長続きは有り得なかったのです。
これらから言えるのは、当時でも大群をとらえれば今のバブル期のような数も極低確率ですが0%ではなかったということです。今は根本的に魚影が当時までとは比べ物にならない高いベースにあって、2束もめずらしくなくその確率も桁違いに高くなっています。そしてそのバブル期の高いベースの中でも特に濃い年があるということです。船数が激減しているのは事実ですが、それだけではなく明らかにバブルとしか思えない魚影の濃さがあってこそだと感じます。たとえばメゴチ激減という現象も表裏一体としてあるのかもしれませんが、メゴチが減った分のエサがシロギスに好都合だったとか、魚相の自然変動とかはっきりした理由は調査しようもないわけで断定できません。
そうそう、先日シロギスが絶好調だった盤洲一帯などはメゴチの宝庫であって、お盆過ぎにキスが下降線になると秋口までは大メゴチとうたった乗合船が出ていたのですよ。釣る気になれば2、3束だって釣れました。立派なメゴチばかりですからカレイ仕掛けで効率よく釣っていたみたいです。それが今ではほぼ釣れないのですから、シロギスが大群でいれば数も伸びやすいということありますね。
11年いよいよバブル元年へ突入していきます。8月12日(大貫沖、208尾)は自身初の2束超えでした。この頃までは今のように富津岬より北側海域だけで数釣りが成立するわけではなく、南側海域~大貫沖まで視野に入れていました。大貫沖は数釣りの本命場所という感じでした。この日は潮が非常に速く、おそらく1ノット前後はあったでしょう。2本竿で開始するも突っ込みの潮ケツなのであっという間に錘ごと仕掛けが吹きあげられてしまうのです。食いは絶好調によかったのですが2本竿はコントロール不能なので、数尾釣ってから1本竿で釣りました。それしか手はなかったのです。一流し2時間前後の大流しで切れ目なく釣れ続き、元ヤマから南へ相当な距離を流れた船(竹岡寄りまで)をビューンと全速で5分ほども北に押し上げて流し直し、これを3回やって208尾という釣りでした。その後も、147尾、197尾と絶好調なわけで釣れる日を狙ったわけではなく休みの期間に行っただけで3回ともケタ外れの大釣りでしたから、魚影が圧倒的に濃くなった年としか言えないでしょう。
http://shirogisu-fune.blog.so-net.ne.jp/2010-02-06
ここに13年に関東に復帰してからの私の2束アップがまとめてあります。以下に東側浅場の2束以上をピックアップしていきます。
13年:235(5/27木更津)、249(6/30盤洲)
すっかり東京湾の魚影は濃くなって別の海になったか?安定傾向だと感じました。それも釣れない年、極端に釣れない年を経験してきたから余計に感じましたね。
15年:207(6/5富津)、213(6/6富津)、271(6/21富津)、283(8/13富津) 3束目前が2回ありましたけど3時前に10~15分早く上がってましたから、定時+泣きの延長戦をやればおそらく届いたでしょう。
16年:257(6/27木更津)、202(7/3木更津)
前年がかなり良かったので皆さんいまいちのように思ったかもしれませんが、1束は当たり前にでていたので私は2束釣れると思って行っていまして実際に釣れました。
17年:251(7/25大貫)
なかなか浅場でまとまって釣れない年で、それでも1束アップ(良くて120~130)ぐらいは釣れていました。突如スポット的にこの前週の平日3日間は盤洲でも2束前後釣れていました。その後の大貫は数日だけで大群が動いてしまったようでした。
18年:265(6/26富津)、213(6/6第2海堡)、259(7/17木更津)、389(7/22木更津)、 271(7/30盤洲)
この年は15年より全般に凄くて、とうとう389尾まで記録が伸び(実はこの日もシャカリキに目指せばあと11尾は可能でしたよ)、この時点ではMAX級と思っていました。このころまではいくらバブルで釣れるといっても、バブル前のスポット大当たりなら言うまでもなく、バブルであっても2束アップするのは通常は各宿の名の知れた一部の名人級(エース級)だけに限られた感じだったのです。すみません言い方は悪くなっちゃいますが、魚影は十分濃くて可能性はあるけど小物の数釣りでマグレはそう簡単には起こらないし、1度起こっても再現性はほぼないということです。
20年:201(6/1木更津)、425(6/27富津)、337(7/10富津)、326(7/19富津)、328(7/26富津)、317(8/3木更津)、318(8/16富津)
何も言うことなし、20年が現在までのMAXです。6月に突入してピークに達してからお盆過ぎまで東全域で爆釣ラッシュでした。私はたまたま当日の釣り場が富津になることが多かっただけです。15年に2束ニューネームがチラ、18年でもまだチラチラですが、20年はもうチラホラどころの話じゃなかったですね。夢の世界を体験された方々が一気に増えました。でもちょっと言わせてくださいね。私の4束と3束アップの日はいずれも2番手で1束は楽に超えていますが2束は超えていませんので、特別に好調な日に当たり続けたわけではないのです。この年はいつ行ってもベースが物凄く高かったのです。
21年:211(7/20盤洲)、233(7/25木更津)、242(8/23富津)
盛期は1束前後で推移してきましたが遅めに盛り上がってきました。
22年:241(8/14木更津)、255(9/20富津)
この年も十分に好調な年でした。6月中旬以降の私の情報分析ではバーチャルに2束アップは確実でしたが行く機会がなかったのです。ただし、それまで2束アップはほぼでなかったと記憶しています。
http://shirogisu-fune.blog.so-net.ne.jp/2010-12-26
この年は9月下旬になっても浅場~準浅場で数がでて11月まで好調という珍しい年でした。
23年:275(7/16富津)、408(7/31盤洲)、267(8/16盤洲)
そして23年の7月末からの爆釣は短期間(外道の多い日も含めれば10日前後)ではあったけど、一服してまたお盆前後に盛り上がりました。東側全域という観点だと魚影の濃さは20年にやや劣るかもしれないけど、スポットに固まった密度としては20年に匹敵するMAX級だと思います。
つけ加えると23年の特徴は湾奥全体的に魚影が濃く絶好調ということです。落ち~落ち明け(本来落ち込むはずが)の3月中旬以降から中の瀬が絶好調続き、東側も5月中旬には釣れ出して(それも上手から)気配濃厚から絶好調へ突入、特に西側はかつて記憶にないレベルの魚影でした。7/10には富岡沖で203尾と東側なみの釣果(今まででは考えられない)を記録しました。
というわけで最後にバブル以降(11年以降)の東側浅場の魚影を独断でランキングしてみます。MAX~B級までにしました。A級は標準的な釣果情報(大多数の船の平均的なものとします)で竿頭の数では十分好調という数字(束~130尾)がでるレベルぐらいです。バブル以前は良い年でたまにA級ぐらいまであればよし、B級(70~80尾目安)でもこのぐらいがごく普通の相場だと思います。バブル以降のB級といってもこれは東側浅場(3ヵ月程度)にかぎった話であり、中の瀬や西側、冬場の落ちを含めた1年の全体評価ならBではなくAAぐらいまでいってしまうわけです。根本的にベースの高い魚影でバブルは継続していて、それがどの時期にどこで釣れるか、特別に濃いか普通に濃いかの変化は多少あるということです。
[かってに年度別東側浅場魚影ランキング]
MAX級 23年<20年
AAA級 18年、15年
AA級 22年、21年、13年、11年
A級 19年、17年、12年
B級 14年
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ここに平成3~12年のお盆前後の時期に帰省した時の釣果がまとめてあります。昭和の終わり頃~当時の1束は当たり前ではなく大釣りであり、大体7月いっぱいまでチラホラ1束を超えますが毎日ではなくそして大幅に超えるのはなかなかないことで、船長も釣り人も1束ラインを目標にしていたのです。移動の時期でもあるため場所は色々と探りながらなので東側以外も含まれています。ただし1束釣るのががそれなりに難しい時代でも、大群がガッチリかたまっている場所に大当りすることも(全船とはいかず探している船は)ごく稀にあり1日限りとか3日間とか、ビンゴで2束アップという釣果がでたりしたこともありました。盤洲で70~80尾前後が相場の年に、1日だけ大当たりして朝からアンカー打ったままで170尾アップとか、場所は忘れましたが3束も一度聞いたことがありました。ただ長続きは有り得なかったのです。
これらから言えるのは、当時でも大群をとらえれば今のバブル期のような数も極低確率ですが0%ではなかったということです。今は根本的に魚影が当時までとは比べ物にならない高いベースにあって、2束もめずらしくなくその確率も桁違いに高くなっています。そしてそのバブル期の高いベースの中でも特に濃い年があるということです。船数が激減しているのは事実ですが、それだけではなく明らかにバブルとしか思えない魚影の濃さがあってこそだと感じます。たとえばメゴチ激減という現象も表裏一体としてあるのかもしれませんが、メゴチが減った分のエサがシロギスに好都合だったとか、魚相の自然変動とかはっきりした理由は調査しようもないわけで断定できません。
そうそう、先日シロギスが絶好調だった盤洲一帯などはメゴチの宝庫であって、お盆過ぎにキスが下降線になると秋口までは大メゴチとうたった乗合船が出ていたのですよ。釣る気になれば2、3束だって釣れました。立派なメゴチばかりですからカレイ仕掛けで効率よく釣っていたみたいです。それが今ではほぼ釣れないのですから、シロギスが大群でいれば数も伸びやすいということありますね。
11年いよいよバブル元年へ突入していきます。8月12日(大貫沖、208尾)は自身初の2束超えでした。この頃までは今のように富津岬より北側海域だけで数釣りが成立するわけではなく、南側海域~大貫沖まで視野に入れていました。大貫沖は数釣りの本命場所という感じでした。この日は潮が非常に速く、おそらく1ノット前後はあったでしょう。2本竿で開始するも突っ込みの潮ケツなのであっという間に錘ごと仕掛けが吹きあげられてしまうのです。食いは絶好調によかったのですが2本竿はコントロール不能なので、数尾釣ってから1本竿で釣りました。それしか手はなかったのです。一流し2時間前後の大流しで切れ目なく釣れ続き、元ヤマから南へ相当な距離を流れた船(竹岡寄りまで)をビューンと全速で5分ほども北に押し上げて流し直し、これを3回やって208尾という釣りでした。その後も、147尾、197尾と絶好調なわけで釣れる日を狙ったわけではなく休みの期間に行っただけで3回ともケタ外れの大釣りでしたから、魚影が圧倒的に濃くなった年としか言えないでしょう。
http://shirogisu-fune.blog.so-net.ne.jp/2010-02-06
ここに13年に関東に復帰してからの私の2束アップがまとめてあります。以下に東側浅場の2束以上をピックアップしていきます。
13年:235(5/27木更津)、249(6/30盤洲)
すっかり東京湾の魚影は濃くなって別の海になったか?安定傾向だと感じました。それも釣れない年、極端に釣れない年を経験してきたから余計に感じましたね。
15年:207(6/5富津)、213(6/6富津)、271(6/21富津)、283(8/13富津) 3束目前が2回ありましたけど3時前に10~15分早く上がってましたから、定時+泣きの延長戦をやればおそらく届いたでしょう。
16年:257(6/27木更津)、202(7/3木更津)
前年がかなり良かったので皆さんいまいちのように思ったかもしれませんが、1束は当たり前にでていたので私は2束釣れると思って行っていまして実際に釣れました。
17年:251(7/25大貫)
なかなか浅場でまとまって釣れない年で、それでも1束アップ(良くて120~130)ぐらいは釣れていました。突如スポット的にこの前週の平日3日間は盤洲でも2束前後釣れていました。その後の大貫は数日だけで大群が動いてしまったようでした。
18年:265(6/26富津)、213(6/6第2海堡)、259(7/17木更津)、389(7/22木更津)、 271(7/30盤洲)
この年は15年より全般に凄くて、とうとう389尾まで記録が伸び(実はこの日もシャカリキに目指せばあと11尾は可能でしたよ)、この時点ではMAX級と思っていました。このころまではいくらバブルで釣れるといっても、バブル前のスポット大当たりなら言うまでもなく、バブルであっても2束アップするのは通常は各宿の名の知れた一部の名人級(エース級)だけに限られた感じだったのです。すみません言い方は悪くなっちゃいますが、魚影は十分濃くて可能性はあるけど小物の数釣りでマグレはそう簡単には起こらないし、1度起こっても再現性はほぼないということです。
20年:201(6/1木更津)、425(6/27富津)、337(7/10富津)、326(7/19富津)、328(7/26富津)、317(8/3木更津)、318(8/16富津)
何も言うことなし、20年が現在までのMAXです。6月に突入してピークに達してからお盆過ぎまで東全域で爆釣ラッシュでした。私はたまたま当日の釣り場が富津になることが多かっただけです。15年に2束ニューネームがチラ、18年でもまだチラチラですが、20年はもうチラホラどころの話じゃなかったですね。夢の世界を体験された方々が一気に増えました。でもちょっと言わせてくださいね。私の4束と3束アップの日はいずれも2番手で1束は楽に超えていますが2束は超えていませんので、特別に好調な日に当たり続けたわけではないのです。この年はいつ行ってもベースが物凄く高かったのです。
21年:211(7/20盤洲)、233(7/25木更津)、242(8/23富津)
盛期は1束前後で推移してきましたが遅めに盛り上がってきました。
22年:241(8/14木更津)、255(9/20富津)
この年も十分に好調な年でした。6月中旬以降の私の情報分析ではバーチャルに2束アップは確実でしたが行く機会がなかったのです。ただし、それまで2束アップはほぼでなかったと記憶しています。
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この年は9月下旬になっても浅場~準浅場で数がでて11月まで好調という珍しい年でした。
23年:275(7/16富津)、408(7/31盤洲)、267(8/16盤洲)
そして23年の7月末からの爆釣は短期間(外道の多い日も含めれば10日前後)ではあったけど、一服してまたお盆前後に盛り上がりました。東側全域という観点だと魚影の濃さは20年にやや劣るかもしれないけど、スポットに固まった密度としては20年に匹敵するMAX級だと思います。
つけ加えると23年の特徴は湾奥全体的に魚影が濃く絶好調ということです。落ち~落ち明け(本来落ち込むはずが)の3月中旬以降から中の瀬が絶好調続き、東側も5月中旬には釣れ出して(それも上手から)気配濃厚から絶好調へ突入、特に西側はかつて記憶にないレベルの魚影でした。7/10には富岡沖で203尾と東側なみの釣果(今まででは考えられない)を記録しました。
というわけで最後にバブル以降(11年以降)の東側浅場の魚影を独断でランキングしてみます。MAX~B級までにしました。A級は標準的な釣果情報(大多数の船の平均的なものとします)で竿頭の数では十分好調という数字(束~130尾)がでるレベルぐらいです。バブル以前は良い年でたまにA級ぐらいまであればよし、B級(70~80尾目安)でもこのぐらいがごく普通の相場だと思います。バブル以降のB級といってもこれは東側浅場(3ヵ月程度)にかぎった話であり、中の瀬や西側、冬場の落ちを含めた1年の全体評価ならBではなくAAぐらいまでいってしまうわけです。根本的にベースの高い魚影でバブルは継続していて、それがどの時期にどこで釣れるか、特別に濃いか普通に濃いかの変化は多少あるということです。
[かってに年度別東側浅場魚影ランキング]
MAX級 23年<20年
AAA級 18年、15年
AA級 22年、21年、13年、11年
A級 19年、17年、12年
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おはようございます。
あの~質問です。
3×3vs2×2ってわかる人の一人になりたいんですが・・・ダメですか?
(これがわかれば1×2対3×3もわかるワケですね・・・?)
by ヤダモン (2011-08-26 09:24)
Shirogisuさん、こんなに詳しくありがとうございます。
東京湾のキス釣りの歴史が、数を通して解りますね。
昔は20尾も釣れば良かったと、聞いたことがあります。
これは本当だったのですね。今では考えられません。
盤洲周辺はキスよりもメゴチの方が多く、乗り合いが出ていたとか。
金田湾では今も大きなメゴチが釣れますが、その当時は盤洲は金田湾と同様な環境だったのでしょうね。
平成11年に初めて2束越えで、ここから快進撃開始ですね。
今年は平成20年以来のMAX級で、最近の釣果からも理解出来ます。
8月も末になろうとしているのに、まだ2束越えが続いています。
当方も台風の様子を見ながら、葛西橋に出かける予定です。
by ヒデ (2011-08-26 11:36)
ヤダモンさん
難しいく考えちゃダメよ。ぜんぜんわかっていいですよ。(笑)
3×3は3本竿にそれぞれ3本針ってことです。そんな方もかつて実際におられました。だから2×2は私のごく普通のいつものスタイルです。1×2は1本竿ということです。
それであの時は針総数9本vs4本でも、釣果は1束vs1.5束だったってことです。手前マツリ、他人とのオマツリを含む竿をさばく効率、エサを付ける手間、3本針でもトリプルはごくたまにだから無駄が多いですね。
私も3本針でも2本竿までならやり方次第でやろうと思えばやれると思うけど、数が増えるかは疑問です。船の動きで引っ張り続けてハリスを張れるような調整を常にしていないと、2本食い、まごまごしてれば3本食いだっておきますから。空いてないとそのわがままな調整はできないですよ。
凄い入れ食いだったら1×3でトリプル狙いも、余興的には楽しめるかもしれませんね。
by Shirogisu (2011-08-26 21:49)
ヒデさん
盤洲の大メゴチは大メゴチというだけあって、金田湾の比ではありませんでしたよ。金田湾でも釣っていますがあのサイズがそろうことはないと思います。もちろん私が釣っていない金田湾のどこかに大きいのがいるのかもしれませんが。
あのサイズとは、元来尻尾が長め魚だけど小さいのでも20cm程度、平均サイズは23~25cmぐらいあったでしょう。ときにデカイのは30cmぐらいで小型マゴチ(冗談でマゴチが来たって言ってましたから)に見えたから30cmないにしても28cmぐらい余裕であったでしょう。アタリも強烈だし、デカイからおろすの簡単だし松葉おろしの天ぷらがデカイくて笑えました。(笑)今じゃ屋形船だってそんなデカイの出てきませんから。
今は地域によっては大きいけど臭いのがいますね。東京湾でもヤリヌメリ系の10cm程度のやつは臭いけど、それはそういう種類で昔も今もごくわずかにいます。当時の盤洲は小さくないから当然ヤリヌメリではなく臭うやつはいませんでした。
釣れない時代(毎年続くわけじゃないけど)の東浅場はそれこそ、盤洲で大メゴチ狙いでやって、一生懸命メゴチに食われないように1本竿で速い誘いで頑張って1日でキスが10尾も混じれないいなんて年もありました。大貫までいってメゴチ他の五目っぽい混じりでキスが15~20尾とかの年もありました。冗談で幻のホワイトフィッシュが釣れたとか言ってたかな。(笑)平成になってからでって西~真ん中から東まで探索しながらの釣りで30,40尾釣れれば上々という年もあったんですよ。そう言う年の落ちなんかツ抜けで上等でしたからね。多くの方々はそんな背筋の寒い話は知らないでしょう。
それが禁漁とかしまくても自然変動でこれだけ増えるわけですよ。裏返せば減ることもあり得るわけです。今は増えてるから我々は思いっきりキス釣りを楽しめて幸せです。
牛込ゆうせんさの情報ですけど、盤洲で刺し網漁をやってる漁師さんの情報だと大きいのはまだ掛かるけど産卵後でやせてるそうです。産んだら移動、落ちていきます。それをうけて牛込ゆうせんさは今期の盤洲はもう終わりだろうと書いてました。産卵後の荒食いをどこかで期待するようなことも。だから2束超が一時のようにそんなに長くは続かないんじゃないかな。
by Shirogisu (2011-08-26 22:17)
あ、なぁるほど^^
3×3=3本竿に3本針ですかぁ~~^^3本竿出してる人、3本針の人って見たことなかったんでぜんぜん?でした^^。
ってことはボクのスタイルは1×2or1×1ってことですわ。
天秤は2本胴付は1本針でやっています。
たまに(よく?)1匹で2本呑まれてるってな時があって随分勢いのいいキスですナ^^なんておもっていましたが、これは仕掛けの弛み(腕)が原因だったんですね・・・(ショボ)
昔はモッと釣れたじゃなく、いいとこ20~30ってことは船キスに限って?ボクはいい時に始めたってことだ・・・
釣れなくなったら以前のように遊覧船気分で一杯やるです^^。(笑)・・・。
by ヤダモン (2011-08-27 09:03)